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いつとなく鷲の高嶺にすむ月の
光を宿す志賀の唐崎

歌の意味
いつと限らず、霊鷲山の高嶺に常に澄み、住んでいる月の光を、湖面に宿している志賀の唐崎よ。
鑑賞
巻第二十 神祇歌 1276

詞書「日吉大宮の本地を思ひて詠み侍りける」
 日吉社の大宮の本地を思って詠んだ歌である。日吉の大宮の本地は釈迦如来とされる。いつとなく鷲の高嶺に澄む月の光を宿す志賀の唐崎よ、と詠む。釈迦が常に法を説く霊鷲山の月を本地の仏に、日吉社にゆかりの深い唐崎の湖面に映る月影を垂迹の神にたとえ、遠い天竺の仏がこの地に神として現れていることを詠んでいる。
 作者の「法橋性憲」は平安時代後期の僧で、法橋の位にあった。伝記の詳細は明らかでない。
 前歌の第千二百七十五首に続く日吉の歌で、前歌が神の恵みを日の光として詠んだのに対し、本歌は月の光として詠んでいる。

 初句「いつとなく」は、いつと限らず、常に、の意である。
 二句「鷲の高嶺に」は霊鷲山の高い峰で、釈迦が法華経を説いたところである。
 三句「すむ月の」の「すむ」は、月が「澄む」意と、仏が常に「住む」意とを掛けている。「月」は本地の釈迦をたとえている。
 四句「光を宿す」は、月の光を湖面に映している、の意で、本地の仏が垂迹の神として現れることを言う。
 結句「志賀の唐崎」は近江国の琵琶湖西岸の地で、日吉社の祭礼にゆかりがある。体言止めとなっている。

すむ:月が「澄む」意と、仏が常に「住む」意とを掛ける
ほんぢ:神の本来の姿である仏や菩薩
わしのたかね:霊鷲山、釈迦が法華経を説いたとされるインドの山
からさき:近江国の琵琶湖西岸の地、日吉社の祭礼にゆかりがある
作者
性憲
出典
千載和歌集
前の歌
わが頼む日吉の影は奥山の 柴の戸までもささざらめやは
次の歌
御幸する高嶺の方に雲晴れて 空にひよしのしるしをぞ見る