しろたへの浪路を遠くゆきかひて
我に似べきはたれならなくに
- 歌の意味
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白波の立つ海路をはるばると行き来して、私と同じような身の上になるはずの者は、ほかの誰でもない、あなたなのだ。
- 鑑賞
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十二月二十一日に国守の館を出た一行は、その後も連日のように送別の宴に招かれていた。二十五日、新任の国守の館から呼び出しの手紙が届き、一行は昼も夜も遊び明かした。翌二十六日も引き続き国守の館でもてなしを受け、供の者にまで贈り物が与えられた。宴では漢詩が声高く吟じられ、主人も客もそのほかの人々も、互いに和歌を詠み交わした。
「あるじの守」は、新しく土佐守として赴任してきた人物で、この館の主人にあたる。「前の守」は任期を終えて京へ帰る旧土佐守で、作者の紀貫之その人とされる。貫之は延長八年(930年)に土佐守に任じられ、承平四年(934年)の暮れに任を終えて帰京の途についた。
この歌は、新任の守が詠みかけた「都いでゝ君に逢はむとこしものをこしかひもなく別れぬるかな」に対して、帰京する前の守が返したものである。
この贈答のあと、ほかの人々の歌もあったが、取り立てて優れたものはなかったと記される。やがて新旧の守はともに庭に下りて手を取り合い、酔いにまかせて機嫌のよい言葉を交わしながら別れた。翌二十七日、一行は大津から浦戸を目指して漕ぎ出していく。
初句「しろたへの」は白い色を表す語で、ここでは白波の立つ「浪路」を形容している。第二句「浪路を遠く」は、遠い海路を、の意。第三句「ゆきかひて」は、都と任国との間を行き来して、ということで、都から下り、任期を終えて再び都へ帰るまでの道のりをいう。
第四句「我に似べきは」は、私と同じような身の上になるはずの者は、の意で、「べき」は当然の助動詞「べし」の連体形である。結句「たれならなくに」の「なら」は断定の助動詞「なり」の未然形、「なく」は打消の助動詞「ず」のク語法、「に」は詠嘆をこめた接続助詞で、ほかの誰でもない、あなたなのに、という意となる。
新任の守が「こしかひもなく別れぬるかな」と別れを惜しんだのを受け、別れの悲しみには直接触れず、あなたもいずれ任期を終えれば、今の私のように海路はるばる都へ帰る身になるのだ、と返している。相手の「こし」(来た)に対して「ゆきかひて」と行き帰りの往復で応じ、慰めとともに国守の任期のめぐりを思わせる、ゆとりのある返歌となっている。
浪路(なみぢ):海の上を船で行く道。海路
ゆきかふ:行き来する。往復する
守(かみ):国守。国司の長官
館(たち):国司が住む官舎
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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都いでゝ君に逢はむとこしものを こしかひもなく別れぬるかな
- 次の歌
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都へとおもふもものゝかなしきは かへらぬ人のあればなりけり