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世の中におもひやれども子を戀ふる
思ひにまさる思ひなきかな

歌の意味
この世の中であれこれ思いをめぐらせてみるけれども、子を恋い慕う思いにまさる思いはないことだ。
鑑賞
 一月十一日の明け方、一行は船を出して室津を目指した。人々はまだ寝ていて海の様子も見えず、ただ月を見て東西を知るばかりであった。やがて夜が明け、手を洗い、いつもの朝の勤めなどをするうちに昼になり、「はね」という所に着いた。幼い童がこの地名を聞き、「はねという所は鳥の羽のような所なのか」と言ったので、人々は笑った。
 「はね」は現在の高知県室戸市羽根町にあたる地である。この場面で歌を詠む女の童は、一行に付き従っていた少女である。亡くなった女児は前の守の娘で、京から土佐へ下る時には一行とともにあった。
 「はね」を尋ねた童をきっかけに、人々はまた亡くなった女児を思い出し、いつになれば忘れられるだろうかと思う。とりわけこの日、母の悲しみがいっそう募ったのは、土佐へ下った時の人数が、帰る今は足りないからであった。古今和歌集に収められた「北へ行く雁ぞ鳴くなる連れて来し数は足らでぞ帰るべらなる」の一節「数は足らでぞ帰るべらなる」を思い出して詠まれたのがこの歌である。
 この歌に対する人々の反応は記されていないが、亡き子を恋う思いはこの後も繰り返し語られ、二月四日の「わすれ貝」の歌や、京の家に帰り着いた場面の「うまれしもかへらぬものを我がやどに小松のあるを見るがかなしさ」へと続いていく。

 初句「世の中に」は、この世の中で、の意。第二句「おもひやれども」は、あれこれと思いをめぐらせてみるけれども、で、「ども」は逆接の接続助詞である。第三句「子を戀ふる」は、亡くした子を恋い慕う、の意。
 第四句「思ひにまさる」、結句「思ひなきかな」と続き、子を恋う思いにまさる思いはないことだ、と詠嘆の終助詞「かな」で結ぶ。
 「思ひ」という語を三度重ねることで、どのような思いをめぐらせても、結局は子を恋う思いに行き着いてしまう切実さが強く表れている。技巧を凝らさず、親としての嘆きをまっすぐに言い切った歌である。

思ひやる(おもひやる):思いをめぐらせる。遠くのことを思う
作者
紀貫之
出典
土佐日記
前の歌
まことにて名に聞く所はねならば 飛ぶがごとくにみやこへもがな
次の歌
雲もみな浪とぞ見ゆる海士もがな いづれか海と問ひて知るべく