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雲もみな浪とぞ見ゆる海士もがな
いづれか海と問ひて知るべく

歌の意味
空の雲もすべて波のように見える。海人がいてくれたらなあ。どちらが海かと尋ねて知ることができるように。
鑑賞
 一月十三日の明け方、少し雨が降ったが、しばらくしてやんだ。男も女も、湯浴みなどをしようと、近くの適当な所へ下りて行った。海を見渡すと、空の雲と波との見分けがつかないほどであった。
 一行は前日の十二日に室津に着き、この日もそこに泊まっていた。室津は現在の高知県室戸市室津にあたる。
 海を眺めて、空の雲までもすべて波のように見える景色に心を動かされて詠まれたのがこの歌である。詠み手は記されていない。
 この歌に対する人々の反応は記されていない。この後、十日過ぎであったので月が美しかったことや、船に乗った日から海の神を恐れて、紅の濃いよい衣を着ていないことなどが記される。

 初句「雲もみな」は、空の雲もすべて、の意。第二句「浪とぞ見ゆる」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「見ゆる」で結ぶ係り結びとなっている。雲が白波のように見えるという見立てである。
 第三句「海士もがな」の「もがな」は願望の終助詞で、海人がいてくれたらなあ、の意。第四句「いづれか海と」は、どちらが海かと、で、結句「問ひて知るべく」は、尋ねて知ることができるように、と第三句の願望の理由を示している。
 空と海とが溶け合って見分けのつかない広い眺めを、海を知り尽くした海人に尋ねたいという発想で表した歌である。一月十七日にも、空と海の底とが同じように見える情景が「かげ見れば浪の底なるひさかたの空こぎわたるわれぞさびしき」と詠まれている。

海士(あま):漁師。海で漁をする人
湯浴み(ゆあみ):湯や水で体を洗うこと
作者
紀貫之
出典
土佐日記
前の歌
世の中におもひやれども子を戀ふる 思ひにまさる思ひなきかな
次の歌
立てばたつゐれば又ゐる吹く風と 浪とは思ふどちにやあるらむ