いそぶりの寄する磯には年月を
いつとも分かぬ雪のみぞふる
- 歌の意味
-
荒波の打ち寄せる磯には、年月の区別もなく、いつも雪ばかりが降っている。
- 鑑賞
-
一月十八日、一行はなお同じ所にとどまっていた。海が荒れているので船は出さない。この泊は遠くから見ても近くから見てもたいそう趣深いが、旅の苦しさのために何も心に浮かばない。男たちは気晴らしに漢詩などを口にしているらしい。船も出さずにむなしく過ごす中で、波を題材にした歌が次々と詠まれた。
この日に歌を詠むのは、「ある人」「人」、そして「船のをさしける翁」である。「船のをさしける翁」は船の長であった老人の意で、一行の主である前の守を指すと読まれる。
船を出せずに無為に過ごす中で、磯に打ち寄せる荒波を見て、ある人が詠んだのがこの歌である。
日記の書き手は、この歌はふだん歌を詠まない人のもののようだ、と評している。続けて別の人が「風による浪のいそにはうぐひすも春もえしらぬ花のみぞ咲く」と詠んだ。
初句「いそぶりの」は、磯に激しく打ち寄せる波の、の意。第二句「寄する磯には」と続く。第三句「年月を」、第四句「いつとも分かぬ」は、季節や年月の区別もない、という意味で、「分か」は区別する意の動詞「分く」の未然形、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形である。
結句「雪のみぞふる」の「のみ」は限定、「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「ふる」で結ぶ係り結びとなっている。磯に砕ける白波を、季節を問わず降る雪に見立てている。
白波を雪に見立てる発想は、一月十六日の「霜だにもおかぬかたぞといふなれど浪の中にはゆきぞ降りける」にも通じる。地の文は、この歌をふだん歌を詠まない人の作のようだと評している。
いそぶり:磯に激しく打ち寄せる荒波
分く(わく):区別する。見分ける
泊(とまり):船が停泊する所。港
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
土佐日記
- 前の歌
-
かげ見れば浪の底なるひさかたの 空こぎわたるわれぞさびしき
- 次の歌
-
風による浪のいそにはうぐひすも 春もえしらぬ花のみぞ咲く