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風による浪のいそにはうぐひすも
春もえしらぬ花のみぞ咲く

歌の意味
風に吹き寄せられる波の打つ磯には、鶯も春も知ることのできない花ばかりが咲いている。
鑑賞
 一月十八日、一行はなお同じ所にとどまっていた。海が荒れているので船は出さない。この泊は遠くから見ても近くから見てもたいそう趣深いが、旅の苦しさのために何も心に浮かばない。男たちは気晴らしに漢詩などを口にしているらしい。船も出さずにむなしく過ごす中で、波を題材にした歌が次々と詠まれた。
 この日に歌を詠むのは、「ある人」「人」、そして「船のをさしける翁」である。「船のをさしける翁」は船の長であった老人の意で、一行の主である前の守を指すと読まれる。
 ある人の「いそぶりの寄する磯には年月をいつとも分かぬ雪のみぞふる」に続けて、別の人が詠んだのがこの歌である。
 この二首を少しよいと聞いた船の長である翁が、何か月にもわたる苦しい思いの気晴らしに「立つなみを雪か花かと吹く風ぞよせつゝ人をはかるべらなる」と詠んだ。

 初句「風による」は、風によって寄せる、の意。第二句「浪のいそには」は、波の打ち寄せる磯には、という。第三句「うぐひすも」、第四句「春もえしらぬ」と続き、春を告げる鶯も、春そのものも知ることのできない、の意。「え〜ぬ」は不可能を表す。
 結句「花のみぞ咲く」は、ただ花だけが咲いている、と結び、「ぞ」を受けて連体形「咲く」で結ぶ係り結びとなっている。ここでの花は、白く砕ける波のことである。
 前の歌が波を雪に見立てたのを受け、この歌は波を花に見立てている。鶯や春という春の景物を持ち出しながら、それらとは無縁に咲く波の花を描いた、対照のおもしろさのある歌である。

磯(いそ):岩の多い海辺
作者
紀貫之
出典
土佐日記
前の歌
いそぶりの寄する磯には年月を いつとも分かぬ雪のみぞふる
次の歌
立つなみを雪か花かと吹く風ぞ よせつゝ人をはかるべらなる