ひく船の綱手のながき春の日を
よそかいかまでわれはへにけり
- 歌の意味
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引いていく船の綱手が長いように長い春の日を、四十日も五十日も私は過ごしてしまったことだ。
- 鑑賞
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二月一日、朝のうちは雨が降ったが、昼ごろにやんだので、和泉の灘という所から出て漕いで行った。海の上は前日と同じく風も波も見えない。黒崎の松原を通って行くと、地名は黒く、松の色は青く、磯の波は雪のように白く、貝の色は蘇枋色で、五色にあと一色足りないほどであった。この日は箱の浦という所から、綱手を引いて船を進めた。
この日に歌を詠むのは「ある人」と「船君」である。「船君」は船の主人の意で、任期を終えた前の土佐守、紀貫之を指す。
旅が二月まで長引いてしまったことを嘆き、苦しさに堪えかねた船君が、人も言っていることだからと、気晴らしに詠んだのがこの歌である。
聞いていた人々は、なんとも平凡な歌だとひそかに思った。船君がやっとのことでひねり出し、よいと思っている歌であるから、うかつに悪く言うわけにもいかないと、こっそりささやき合うだけでやめた。その後、急に風と波が高くなったので、一行はそこにとどまった。
初句「ひく船の」は、綱手で引いていく船の、の意。第二句「綱手のながき」は、綱手が長いように、と続き、第三句「春の日を」の、日の長さを導いている。
第四句「よそかいかまで」は、四十日、五十日まで、の意。結句「われはへにけり」の「へ」は動詞「経(ふ)」の連用形、「に」は完了の助動詞「ぬ」、「けり」は詠嘆の助動詞で、私は過ごしてしまったことだ、と結ぶ。
実際に綱手を引いて進む情景を取り込み、その綱の長さから春の日の長さへ、さらに旅の日数の長さへと思いをつないでいる。ただし日記の地の文は、この歌を平凡でありふれたものとして、聞く人々がひそかに批評する様子を描いている。
経(ふ):時が過ぎる。月日を過ごす
綱手(つなで):船を岸から引くための綱
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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玉くしげ箱のうらなみたゝぬ日は 海をかゞみとたれか見ざらむ
- 次の歌
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緖をよりてかひなきものはおちつもる 淚の玉をぬかぬなりけり