緖をよりてかひなきものはおちつもる
淚の玉をぬかぬなりけり
- 歌の意味
-
糸をより合わせても甲斐のないものは、こぼれ落ちて積もる涙の玉を糸に通せないことなのだった。
- 鑑賞
-
二月三日、海の上は前日と同じく荒れていたので、船は出さなかった。前日の二日も雨と風がやまず、一行は一日中、夜通し神仏に祈っていた。風が吹きやまないので、岸の波は寄せては返していた。
一行は和泉の灘のあたりにとどまっていた。この日の歌は、詠み手が記されていない。
風がやまず、岸に寄せては返す波を見て、それにつけて詠まれたのがこの歌である。
この歌に対する反応は記されず、そのまま日が暮れた。翌四日には、浜の美しい貝や石を見て、亡き子を思う「わすれ貝」の歌が詠まれる。
初句「緖をよりて」は、糸をより合わせて、の意。第二句「かひなきものは」は、そのかいのないものは、という。第三句「おちつもる」は、こぼれ落ちて積もる、の意。
第四句「淚の玉を」は、涙の粒を玉にたとえた表現。結句「ぬかぬなりけり」は、糸に通さないことなのだった、と詠嘆をこめて結ぶ。「ぬく」は玉を糸に通す意である。
「緒」「よる」「玉」「ぬく」は、玉を糸に通すことにちなむ縁語として用いられ、寄せては返す白波のしぶきを、涙の玉に重ねている。糸をよっても、こぼれ落ちる涙の玉は糸に通せない、と尽きない悲しみを表した歌である。
緒(を):糸。ひも
よる:糸をねじり合わせる
ぬく:玉などを糸に通す
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
土佐日記
- 前の歌
-
ひく船の綱手のながき春の日を よそかいかまでわれはへにけり
- 次の歌
-
よする浪うちも寄せなむわが戀ふる 人わすれ貝おりてひろはむ