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よする浪うちも寄せなむわが戀ふる
人わすれ貝おりてひろはむ

歌の意味
寄せる波よ、打ち寄せてほしい。私が恋しく思う人を忘れさせるという忘れ貝を、浜に下りて拾おう。
鑑賞
 二月四日、楫取は今日は風と雲の様子がひどく悪いと言って、船を出さなかった。ところが一日中、波も風も立たなかった。日記の書き手は、この楫取は天気も読めない愚か者だと記している。この泊の浜には、さまざまな美しい貝や石などがたくさんあった。そのため、船の人々は亡き人ばかりを恋しく思っていた。
 亡き人とは、土佐で亡くなった前の守の娘である。「わすれ貝」は、拾うと恋しさを忘れさせるといわれた貝のことである。
 浜の美しい貝や石を見て、亡き子を恋しく思った船の人が詠んだのがこの歌である。
 これを聞いたある人は堪えきれずに、「わすれ貝ひろひしもせじ白玉を戀ふるをだにもかたみと思はむ」と返した。

 初句「よする浪」は、寄せてくる波よ、という呼びかけ。第二句「うちも寄せなむ」の「なむ」は他に対する願望の終助詞で、打ち寄せてほしい、の意。
 第三句「わが戀ふる」、第四句「人わすれ貝」は、私が恋しく思う人を忘れさせるという忘れ貝を、と続き、「人忘れ」と「忘れ貝」とが重なっている。結句「おりてひろはむ」の「む」は意志の助動詞で、浜に下りて拾おう、と結ぶ。
 亡き子を恋う苦しさから逃れたいという思いを、忘れ貝に託して詠んでいる。波よ忘れ貝を寄せてくれ、という願いの裏に、それほどまでに忘れがたい悲しみがうかがえる。

わすれ貝:拾うと恋しさを忘れるといわれた貝
楫取(かぢとり):船頭
泊(とまり):船が停泊する所。港
作者
紀貫之
出典
土佐日記
前の歌
緖をよりてかひなきものはおちつもる 淚の玉をぬかぬなりけり
次の歌
わすれ貝ひろひしもせじ白玉を 戀ふるをだにもかたみと思はむ