いつしかといぶせかりつる難波がた
蘆こぎそけて御船きにけり
- 歌の意味
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いつになったらと、気が晴れずに待ちわびていた難波潟に、蘆を漕ぎ分けて御船がやって来たことだ。
- 鑑賞
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二月六日、一行は澪標のもとから出て、難波に着き、河尻に入った。人々は皆、女も老人も額に手を当てて、この上なく喜んだ。
「淡路の島のおほい子」は淡路出身の老女のことで、一月二十六日に「追風の吹きぬる時はゆくふねの帆手てうちてこそうれしかりけれ」と詠んだ淡路のたうめと同じ人物である。この日は船酔いに苦しんでいた。
船酔いで寝込んでいた淡路の老女が、都が近くなったと聞いて喜び、船底から頭をもたげて詠んだのがこの歌である。
まったく思いがけない人が詠んだので、人々は不思議がった。その中で、気分のすぐれない船君がたいそう感心し、「船酔いしておられたお顔には似合わない歌だなあ」と言った。翌七日、船君はこの歌に感心したあまり、自分も歌をひねり出すことになる。
初句「いつしかと」は、いつになったらと、早く早くと待ちわびる気持ちを表す。第二句「いぶせかりつる」は、気が晴れずうっとうしかった、の意で、「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形である。第三句「難波がた」は難波の干潟のことで、ここで体言の形で一度区切れる。
第四句「蘆こぎそけて」は、蘆を漕ぎ分けて押しのけて、の意。結句「御船きにけり」は、御船がやって来たことだ、と完了の助動詞「ぬ」と詠嘆の助動詞「けり」で結ぶ。
長い船旅で待ちわびた難波に、蘆を漕ぎ分けてついに到着した喜びを、のびやかに詠み上げている。船酔いに苦しむ老女の作という意外さが、人々の驚きとともに描かれている。
澪標(みをつくし):船の通る水路を示すために立てた杭
河尻(かはじり):河口
そく:押しのける。退ける
たうめ:老女
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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ちはやぶる神のこゝろのあるゝ海に 鏡を入れてかつ見つるかな
- 次の歌
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きときては川のほりえの水をあさみ 船も我が身もなづむけふかな