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きときては川のほりえの水をあさみ
船も我が身もなづむけふかな

歌の意味
来るには来たけれども、川の堀江の水が浅いので、船も私の身も行き悩む今日であることよ。
鑑賞
 二月七日、一行は河尻に船を入れて川を漕ぎのぼったが、川の水が少なくて難儀した。船がのぼっていくのはたいそう難しかった。
 「船君」は船の主人の意で、任期を終えた前の土佐守、紀貫之を指す。日記では、この船君は病気がちで、もともと無骨な人で、歌のようなことはまったく知らなかったと記されている。
 船君は、淡路の老女の歌「いつしかといぶせかりつる難波がた蘆こぎそけて御船きにけり」に感心し、都が近いという得意さもあってか、やっとのことで、おかしな歌をひねり出した。それがこの歌である。
 日記の書き手は、病気なのでこう詠んだのであろうと記す。一首では満足できず、船君はさらに「とくと思ふ船なやますは我がために水のこゝろのあさきなりけり」と詠んだ。

 初句「きときては」は、来るには来たけれども、の意。第二句「川のほりえの」は、川の堀江の、で、堀江は地を掘って造った水路をいう。第三句「水をあさみ」は「〜を〜み」の形で理由を表し、水が浅いので、の意となる。
 第四句「船も我が身も」は、船も私の身も、で、結句「なづむけふかな」は、行き悩む今日であることよ、と詠嘆の終助詞「かな」で結ぶ。「なづむ」は進みかねて難儀する意である。
 浅い川をのぼりかねる船の難儀と、病に悩む自分の身とを重ねて詠んでいる。日記はこの歌を、病気だからこう詠んだのだろうと評している。

堀江(ほりえ):地を掘って造った水路
なづむ:行き悩む。難儀する
河尻(かはじり):河口
作者
紀貫之
出典
土佐日記
前の歌
いつしかといぶせかりつる難波がた 蘆こぎそけて御船きにけり
次の歌
とくと思ふ船なやますは我がために 水のこゝろのあさきなりけり