世の中に絕えて櫻のさかざらは
春のこゝろはのどけからまし
- 歌の意味
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この世の中に、まったく桜がなかったならば、春の人の心はのどかであっただろうに。
- 鑑賞
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二月九日、もどかしさに夜が明けないうちから船を引いてのぼったが、川の水が少ないので、いざるように少しずつしか進めなかった。和田の泊の分かれ目という所では、米や魚などを求められて与えた。こうして船を引いてのぼりながら、渚の院という所を見て行った。昔を思いやって見ると趣のある所で、後ろの岡には松の木々があり、中庭には梅の花が咲いていた。
渚の院は、惟喬親王の別荘があった所で、現在の大阪府枚方市にあたる。惟喬親王は文徳天皇の第一皇子で、在原業平らと交流があった。在原業平は平安時代前期の歌人で、六歌仙の一人である。
人々が、ここは昔名高く聞こえた所で、故惟喬親王のお供をした故在原業平の中将が歌を詠んだ所だ、と語る中で引かれたのがこの歌である。
この歌を受けて、今の時代の趣を解する人が、その場所にふさわしい歌として「千代へたる松にはあれどいにしへの聲の寒さはかはらざりけり」を詠み、続いてある人が「君戀ひて世をふる宿のうめの花むかしの香にぞなほにほひける」と詠んだ。
この歌は古今和歌集の春歌上に収められている。伊勢物語第八十二段にも、惟喬親王の一行が渚の院で桜を見ながら歌を詠む場面に見える。
初句「世の中に」は、この世の中に、の意。第二句「絕えて櫻の」の「絶えて」は、下に打消を伴って、まったく、少しも、の意を表す。第三句「さかざらは」は、桜が咲かなかったならば、という仮定で、「ざら」は打消の助動詞「ず」の未然形である。
第四句「春のこゝろは」は、春の人の心は、の意。結句「のどけからまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、のどかであっただろうに、と結ぶ。「〜ば〜まし」の形で、事実に反する仮定とその結果を述べている。
桜がなかったら春の心はのどかだっただろう、と反対の仮定をすることで、かえって咲くのを待ち、散るのを惜しんで心落ち着かない、桜への深い愛着を表している。土佐日記では、渚の院を通りかかった一行が、この名歌の詠まれた地として思い起こしている。
渚の院(なぎさのいん):惟喬親王の別荘
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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とくと思ふ船なやますは我がために 水のこゝろのあさきなりけり
- 次の歌
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千代へたる松にはあれどいにしへの 聲の寒さはかはらざりけり