千代へたる松にはあれどいにしへの
聲の寒さはかはらざりけり
- 歌の意味
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千年を経た松ではあるけれども、昔と同じく、松風の音の寒々しさは変わらないことだ。
- 鑑賞
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二月九日、もどかしさに夜が明けないうちから船を引いてのぼったが、川の水が少ないので、いざるように少しずつしか進めなかった。和田の泊の分かれ目という所では、米や魚などを求められて与えた。こうして船を引いてのぼりながら、渚の院という所を見て行った。昔を思いやって見ると趣のある所で、後ろの岡には松の木々があり、中庭には梅の花が咲いていた。
渚の院は、惟喬親王の別荘があった所で、現在の大阪府枚方市にあたる。惟喬親王は文徳天皇の第一皇子で、在原業平らと交流があった。在原業平は平安時代前期の歌人で、六歌仙の一人である。
業平の「世の中に絕えて櫻のさかざらは春のこゝろはのどけからまし」を思い起こした一行の中で、今の時代の趣を解する人が、その場所にふさわしい歌として詠んだのがこの歌である。
続いてある人が「君戀ひて世をふる宿のうめの花むかしの香にぞなほにほひける」と詠み、人々は都が近づくのを喜びながら川をのぼっていった。
初句「千代へたる」は、千年を経た、の意で、渚の院の後ろの岡に立つ松の古さをいう。第二句「松にはあれど」は、松ではあるけれども、と逆接で続く。第三句「いにしへの」は、昔の、の意。
第四句「聲の寒さは」は、松を吹く風の音の寒々しさは、の意。結句「かはらざりけり」は、変わらないことだ、と詠嘆の助動詞「けり」で結ぶ。
長い年月を経た松の姿は古びても、松風の音の寒々しさは昔のままだ、と渚の院の今昔を対比している。業平の時代をしのぶ思いを、変わらない松風に託した歌である。
千代(ちよ):千年。非常に長い年月
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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世の中に絕えて櫻のさかざらは 春のこゝろはのどけからまし
- 次の歌
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君戀ひて世をふる宿のうめの花 むかしの香にぞなほにほひける