君戀ひて世をふる宿のうめの花
むかしの香にぞなほにほひける
- 歌の意味
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亡き主君を恋い慕って年月を過ごしてきたこの邸の梅の花は、昔と同じ香りで今もなお匂っていることだ。
- 鑑賞
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二月九日、もどかしさに夜が明けないうちから船を引いてのぼったが、川の水が少ないので、いざるように少しずつしか進めなかった。和田の泊の分かれ目という所では、米や魚などを求められて与えた。こうして船を引いてのぼりながら、渚の院という所を見て行った。昔を思いやって見ると趣のある所で、後ろの岡には松の木々があり、中庭には梅の花が咲いていた。
渚の院は、惟喬親王の別荘があった所で、現在の大阪府枚方市にあたる。惟喬親王は文徳天皇の第一皇子で、在原業平らと交流があった。在原業平は平安時代前期の歌人で、六歌仙の一人である。
「千代へたる松にはあれどいにしへの聲の寒さはかはらざりけり」に続けて、渚の院の中庭に咲く梅の花を見て、ある人が詠んだのがこの歌である。
こうして歌を詠みながら、人々は都が近づくのを喜びつつ川をのぼっていった。その一行の中で、子を抱いて船を乗り降りする人々を見た亡き子の母が、「なかりしもありつゝ歸る人の子をありしもなくてくるが悲しさ」と詠むことになる。
初句「君戀ひて」は、主君を恋い慕って、の意で、亡き惟喬親王をしのぶ気持ちをいう。第二句「世をふる宿の」は、年月を過ごしてきたこの邸の、で、「ふる」は時を経る意である。第三句「うめの花」は、中庭に咲く梅の花のこと。
第四句「むかしの香にぞ」は、昔と同じ香りで、の意。結句「なほにほひける」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。
主人を失った邸で、梅の花だけは昔と変わらない香りで咲いている、と人の世の移ろいと自然の不変とを対比している。古今和歌集に収められた紀貫之の「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」と、変わらぬ花の香に昔をしのぶ発想が通じている。
宿(やど):住まい。家
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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千代へたる松にはあれどいにしへの 聲の寒さはかはらざりけり
- 次の歌
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なかりしもありつゝ歸る人の子を ありしもなくてくるが悲しさ