さざれ浪よするあやをば靑柳の
かげのいとして織るかとぞ見る
- 歌の意味
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さざ波が寄せて描く綾模様を、水に映る青柳の枝を糸にして織っているのかと見ることだ。
- 鑑賞
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二月十一日、雨が少し降ってやんだ。こうして川をさかのぼっていくと、東の方に山が横たわっているのが見えたので人に尋ねると、「八幡の宮」と答えた。人々はこれを聞いて喜び、拝み申し上げた。山崎の橋も見えてきて、うれしさはこの上ない。そこで相応寺のあたりにしばらく船をとどめて、あれこれと決めることがあった。
八幡の宮は石清水八幡宮のことで、現在の京都府八幡市にある。山崎は現在の京都府大山崎町のあたりで、京へ入る手前の要地であった。
相応寺の岸のあたりには柳が多くあり、その柳の影が川の底に映っているのを見て、ある人が詠んだのがこの歌である。
この歌に対する反応は記されていない。一行はこの後、十二日から山崎にとどまり、十四日に京へ車を取りにやった。
初句「さざれ浪」は、細かく立つさざ波のこと。第二句「よするあやをば」の「あや」は、波が描く模様と、織物の綾とを重ねている。第三句「靑柳の」は、青々とした柳の、の意。
第四句「かげのいとして」は、水に映る柳の枝を糸として、の意で、柳の細い枝を糸に見立てている。結句「織るかとぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「見る」で結ぶ係り結びとなっている。
「あや」「いと」「織る」は織物にちなむ縁語で、さざ波の模様を、水に映る柳の枝を糸にして織り出した綾織物に見立てている。都が近づいて心が晴れた一行の目に映る、穏やかで美しい川の景色を詠んだ歌である。
綾(あや):模様を織り出した絹織物。また模様
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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なかりしもありつゝ歸る人の子を ありしもなくてくるが悲しさ
- 次の歌
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ひさかたの月におひたるかつら川 そこなる影もかはらざりけり