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同しえになきつゝをりし郭公
聲はかはらぬものとしらなん

歌の意味
同じ枝で鳴きながら過ごしていたほととぎすだ。その声は兄と変わらないものだと知ってほしい。
鑑賞
 長保五年(1003)四月十日過ぎ、和泉式部は、夢よりもはかない男女の仲を嘆きながら日々を送っていた。木々の下陰が暗さを増していくなか、築地の上の草が青々と茂るのを、人は気にもとめないのに、しみじみと眺めていると、近くの透垣のもとに人の気配がした。出てきたのは、亡き宮に仕えていた小舎人童であった。久しく見えなかったわけを尋ねると、童は、山寺参りなどをしていたが心細くなり、亡き宮のお代わりにと帥の宮のもとへ参っていると語った。帥の宮は気さくに「参っているのか」と声をかけ、「これを差し上げよ。どう御覧になるか」と言って橘の花を託したという。女は思わず「昔の人の」と口ずさんだ。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。故宮は敦道親王の同母兄為尊親王で、和泉式部の恋人であったが、長保四年(1002)六月に亡くなった。小舎人童は、貴人の身の回りの雑用をつとめる少年である。
 帥の宮がまだ端近にいたところへ、童が物陰で何か言いたげにうろうろしているのを見つけ、「どうだった」と尋ねた。童が和泉式部の「かほる香によそふるよりは郭公きかはや同し聲やまさると」を差し出すと、帥の宮はそれを見てこの歌を書いた。
 帥の宮は童に返歌を渡しながら「このようなことは人に言うな。好色めいたことのようだから」と言って奥へ入った。和泉式部は届いた歌を趣深いと思ったが、いつもお返事するのもと思って、このときは返事をしなかった。翌日、帥の宮からさらに歌が届き、文のやりとりが始まっていく。

 初句から第三句の「同しえになきつゝをりし郭公」は、同じ枝で鳴きながらとまっていたほととぎす、という意味で、同じ母から生まれ、ともに育った兄の為尊親王と自分とを、一本の枝に並ぶほととぎすにたとえている。「えに」は「枝に」で、「をりし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 下の句の「聲はかはらぬものとしらなん」は、声は変わらないものと知ってほしい、という意味で、「なん」は相手にそうあってほしいと願う終助詞である。和泉式部の歌の「郭公」「同し聲」「まさる」を受け、まさるかどうかには触れず、兄と同じ心であることを伝えて、亡き兄を慕う相手の心に寄り添っている。

枝(え):木の枝
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
かほる香によそふるよりは郭公 きかはや同し聲やまさると
次の歌
うちいてゝもありにし物を中々に 苦しきまても歎くけふ哉