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まくるともみえぬ物から玉葛
とふ人すらもたえまかちにて

歌の意味
負けたともお見受けできないのに。玉かずらが途切れがちなように、訪ねてくださる人までも絶え間がちで。
鑑賞
 和泉式部は物詣でに出かけ、二、三日ほどで家に帰った。精進を理由に共寝をしなかった夜以来、帥の宮からの訪れはなかった。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
 帰宅した和泉式部のもとに、帥の宮から「つらけれと忘れやはする程ふれはいと戀しきにけふはまけ南」という歌が、浅からぬ心のほどを分かってほしいという言葉とともに届き、和泉式部はこの歌を返した。
 その後、帥の宮はいつものように忍んで訪れた。和泉式部はまさかおいでにはなるまいと思い、日ごろの物詣での疲れもあってうとうとしていたので、門を叩く音を聞きとがめる者もいなかった。帥の宮は、ほかに人でも来ているのかと思い、そっと帰ってしまった。

 初句と第二句の「まくるともみえぬ物から」は、負けたとも見えないのに、という意味で、帥の宮の歌の「けふはまけ南」を受け、口では負けると言いながら実際には訪れてこないことをとがめている。「ものから」は逆接の接続助詞である。
 第三句の「玉葛」は、つる草が長く伸びて途切れることから「絶ゆ」を導く枕詞で、下の句の「たえまかち」にかかる。下の句の「とふ人すらもたえまかちにて」は、訪ねてくれる人までも絶え間がちで、という意味で、「すら」は類推の副助詞である。言葉ではなく訪れで示してほしいと、相手の言葉を軽くいなす返歌である。

玉葛(たまかずら):つる草の美称。「絶ゆ」「長し」などにかかる枕詞
絶え間(たえま):途切れている間
作者
和泉式部
出典
和泉式部日記
前の歌
つらけれと忘れやはする程ふれは いと戀しきにけふはまけ南
次の歌
あけさりし槇の戶口に立なから つらき心のためしとそ見し