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あけさりし槇の戶口に立なから
つらき心のためしとそ見し

歌の意味
開けてもらえなかった槇の戸口に立ったまま、つれない心のためしを見る思いがした。
鑑賞
 物詣でから帰った和泉式部と歌を交わしたのち、帥の宮はいつものように忍んで訪れた。和泉式部は、まさかおいでにはなるまいと思っていたうえ、日ごろの疲れからうとうとしていたので、門を叩く音を聞きとがめる者もいなかった。帥の宮は、聞き及んでいることもあったので、ほかに男でも来ているのだろうかと思い、そっと帰っていった。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。帥の宮の訪れを人目から慎ませた内大臣は藤原公季、東宮は敦道親王の同母兄居貞親王である。
 門を開けてもらえないまま帰った翌朝、帥の宮はこの歌を送り、「つらいとはこういうことかと思うにつけても、しみじみと悲しい」と書き添えた。
 和泉式部は、昨夜おいでになったのだと気づき、うっかり寝入ってしまったことを悔やんで、「いかてかは槇の板戶もさし乍らつらき心のありなしをみん」と返した。帥の宮は今夜も訪ねたいと思ったが、人々が忍び歩きを諫め、内大臣や東宮の耳に入れば軽々しいと思われるだろうと慎んでいるうちに、訪れはたいそう間遠になった。

 初句と第二句の「あけさりし槇の戶口に」は、開けてもらえなかった槇の戸口に、という意味で、「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。「槇の戸」は槇の木で作った板戸で、和歌では恋人の訪れを閉ざす戸として詠まれる。第三句の「立なから」は、立ったままで、の意である。
 下の句の「つらき心のためしとそ見し」は、つれない心の例として見た、という意味で、「ぞ〜し」は係り結びである。門を叩いても開けてもらえなかったことを、あなたのつれない心の表れと受け取ったと、恨みをこめて詠みながら、他の男の存在を疑う気持ちもにじませている。

槇の戸(まきのと):槇の木で作った板戸
ためし:例、証拠
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
まくるともみえぬ物から玉葛 とふ人すらもたえまかちにて
次の歌
いかてかは槇の板戶もさし乍ら つらき心のありなしをみん