ふれはよのいとゝ憂身のしらるゝを
今日の詠めに水增ら南
- 歌の意味
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雨が降るにつけ、この世に生きるわが身のつらさがいっそう思い知られるので、今日の長雨で水かさが増して、この身を流してほしい。
- 鑑賞
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帥の宮の訪れが間遠になった頃、雨が降り続いてたいそう所在ない日々が続いた。和泉式部は、雲の切れ間もない空を眺めながら物思いにふけり、二人の仲はこれからどうなっていくのだろうと、尽きることなく思い沈んでいた。言い寄る男たちは大勢いるようだったが、今はどうという気にもならず、世間の人はさまざまに噂するだろうけれど、生きていればこそだと思って過ごしていた。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
帥の宮から届いた「おほかたにさみたるゝとや思ふらん君戀渡るけふの詠めを」に「忍ふらん物ともしらてをのかたゝみをしる雨と思ひける哉」と返歌を書いたのち、和泉式部は紙を裏返して、この歌を書きつけた。
歌の後には「待遠にや」と書きすさんだ。これを見た帥の宮は、すぐに「何せんにみをさへ捨てんと思らん天か下には君のみやふる」と返し、「誰もつらい世を(過ごしているのだ)」と書き添えた。
初句と第二句の「ふれはよのいとゝ憂身の」は、雨が降ると、この世でいっそうつらいわが身が、という意味で、「ふる」には雨が「降る」と、世を「経る」が掛けられている。「いとど」はいっそう、の意である。第三句の「しらるゝを」の「るる」は自発の助動詞「る」の連体形で、自然と思い知られることを表す。
下の句の「今日の詠めに水增ら南」は、今日の長雨で水かさが増してほしい、という意味で、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の掛詞、「なむ」は他に対する願望の終助詞である。水かさが増して憂き身を流してほしいと願う激しい嘆きで、前の歌の穏やかな応答から一転して、身を捨てたいほどの思いをのぞかせている。
経る(ふる):時を過ごす、世に生きる
水増さる(みずまさる):水かさが増す
- 作者
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和泉式部
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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忍ふらん物ともしらてをのかたゝ みをしる雨と思ひける哉
- 次の歌
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何せんにみをさへ捨てんと思らん 天か下には君のみやふる