我もさそ思やりつる雨の音を
させるつまなき宿はいかにと
- 歌の意味
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私もそのように思いやっていた。雨の音を聞きながら、これといった軒端もなく、頼りとする夫もいない宿はどうしているだろうかと。
- 鑑賞
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五月六日になっても雨はやまなかった。先日の返事がいつもより物思いに沈んだ様子だったのを、帥の宮はしみじみと思い出し、ひどく雨が降り続いた夜が明けた翌朝、「今夜の雨の音は、たいそう恐ろしいほどだったが」などと、心をこめた便りを送った。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
和泉式部から「よもすから何事をかはおもひつる窓うつ雨の音をきゝつゝ」が届き、帥の宮は、やはり言うかいのない人ではないと思って、この歌を返した。
その日の昼頃、川の水かさが増したと聞いて人々が見物に出かけ、帥の宮も見に行った。帥の宮はそこからまた和泉式部に歌を送ることになる。
初句と第二句の「我もさそ思やりつる」は、私もそのように思いやっていた、という意味で、和泉式部の「おもひつる」を「思ひやりつる」と受け、「さぞ」は相手の思いに同調することを示す。「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形である。第三句の「雨の音を」も、相手の「雨の音」をそのまま受けている。
下の句の「させるつまなき宿はいかにと」は、これといった軒端もない宿はどうしているかと、という意味で、「つま」には家の端である「軒端」と、頼りとする「夫」とが掛けられている。雨を防ぐものもなく、守ってくれる人もいない和泉式部の住まいを思いやり、相手の孤独な一夜に寄り添った返歌である。
つま:軒の端。また、配偶者
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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よもすから何事をかはおもひつる 窓うつ雨の音をきゝつゝ
- 次の歌
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大水のきしつきたるにくらふれと 深き心はなをそまされる