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大水のきしつきたるにくらふれと
深き心はなをそまされる

歌の意味
大水が岸いっぱいに満ちているのと比べてみても、あなたを思う私の深い心は、やはりまさっている。
鑑賞
 五月雨が降り続いた五月六日の昼頃、川の水かさが増したと聞いて、人々が見物に出かけた。帥の宮も出かけて大水を見た。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
 大水を見に出たついでに、帥の宮は「今頃はいかがか。水を見に出かけてきたところだ」と書いて、この歌を送り、「そうとはご存じだったか」と添えた。
 和泉式部は「今はよもきしもせしかし大水の深きこゝろは川と見せつゝ」と返し、「甲斐もないこと」と書き添えた。その後、帥の宮は訪ねようと思い立つが、乳母に強く諫められることになる。

 初句と第二句の「大水のきしつきたるに」は、大水が岸いっぱいに満ちているのに、という意味で、「岸つく」は水が岸に届くほど満ちることをいう。第三句の「くらふれと」は、比べてみても、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
 下の句の「深き心はなをそまされる」は、私の深い心はやはりまさっている、という意味で、「ぞ〜まされる」は係り結び、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。いま目にしてきた大水の深さを持ち出して、それにもまさる自分の思いの深さを誇らかに示し、先の歌で和泉式部が願った「水增ら南」の水かさにも通う発想で応じている。

岸つく(きしつく):水が岸に届くほど満ちる
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
我もさそ思やりつる雨の音を させるつまなき宿はいかにと
次の歌
今はよもきしもせしかし大水の 深きこゝろは川と見せつゝ