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朝露におくる思ひにくらふれは
たゝに歸らん宵はまされり

歌の意味
朝露の置く頃に起きて送られて帰るつらい思いに比べれば、何事もなくそのまま帰る宵の方がまさっている。
鑑賞
 大水の贈答ののち、帥の宮が和泉式部のもとへ出かけようと香を焚きしめる火取りを用意させていると、侍従の乳母が参上して強く諫めた。「お出かけはどちらへ。このことを人々がひどく噂しているようです。それほど身分の高い人でもありません。召し使おうとお思いなら、お邸に召してお使いなさいませ。軽々しいお忍び歩きはまことに見苦しいことです。そのうえ、あの人のもとには大勢の男が通っていると聞きます。不都合なことも起こりましょう。何もかもよくないことは、あの右近の尉の何某が始めるのです。亡き宮様もあの者がお連れ歩き申し上げたのです。夜中に出歩かれてよいことなどありましょうか。お供をする者たちのことは大殿に申し上げます。世の中は今日明日とも知れず変わっていくようです。亡き殿がお定めおかれたこともあるのですから、世の成り行きを見届けられるまでは、このようなお歩きはなさいますな」。帥の宮は「どこへ行くものか。所在ないので、たわいない慰みごとをするだけだ。大げさに人が言うことでもない」とだけ答えた。和泉式部はふしぎなほどそっけない人だが、それでいて軽んじてよい人ではない、邸に呼び寄せようかとも思ったが、そうすればいっそう聞きにくい噂が立つだろうと思い乱れるうちに、便りも途絶えがちになった。ようやく訪れた帥の宮は、心ならずも疎遠になったことを詫び、「今夜だけは人目のない所がある。ゆっくり話をしよう」と、車を寄せて和泉式部を乗せた。夜更けに人気のない廊に車を寄せて降ろし、月の明るいなかで語り合い、夜が明けると車で送り返した。和泉式部は帰る道すがら、奇妙な外出だった、人はどう思うだろうと思いながらも、明け方に見た帥の宮の並々ならぬ姿を思い出していた。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。侍従の乳母は、帥の宮を養育した乳母の呼び名である。
 帥の宮から「よひことに返しはすれといかて猶曉おきは君になさせし」に「つらかった」と添えて届き、和泉式部はこの歌を返した。
 帥の宮は「そんなことは決して聞くまい。今夜は方角がふさがっているので、迎えに参ろう」と言ってよこした。和泉式部は、ああつらい、いつもいつもはと思ったが、帥の宮はいつもの車で来て「早く早く」と促したので、見苦しいことだと思いながらもいざり出て乗った。前夜の所で語り合い、邸の人々は、帥の宮が冷泉院の御方へ出かけたのだと思っていた。

 初句と第二句の「朝露におくる思ひに」は、朝露の置く頃に送られる思いに、という意味で、「おくる」には露が「置く」、朝に「起くる」、車で「送る」が重なっている。帥の宮の歌の「曉おき」を受けている。第三句の「くらふれは」は、比べると、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。
 下の句の「たゝに歸らん宵はまされり」は、何事もなくただ帰ってしまう宵の方がまさっている、という意味で、帥の宮の「よひことに返し」を受けている。「り」は存続の助動詞である。宵に帰されることを気遣う相手に対し、暁の別れのつらさの方がよほど耐えがたいと答え、別れの切なさをいっそう強く訴えた返歌である。

置く(おく):露や霜が降りる
作者
和泉式部
出典
和泉式部日記
前の歌
よひことに返しはすれといかて猶 曉おきは君になさせし
次の歌
ころしても猶あかぬ哉ねぬ鳥の 折ふししらぬ今朝の初聲