古典和歌stream

一夜見し月そと思へと詠れは
心もゆかすめはそらにして

歌の意味
あの一夜に二人で見た月だと思うけれども、眺めていると心も晴れず、目はうわの空のまま空をさまよっている。
鑑賞
 鶏の羽に書いた歌の贈答から二、三日ほどたった、月のたいそう明るい夜のこと。和泉式部は端近に出て座り、月を眺めていた。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
 帥の宮から「月を御覧になっているか」と「我ことくおもひはいつや山のはの月にかけつゝなけく心を」が届いた。和泉式部は、いつもの便りよりも趣深く思い、先日、帥の宮の邸で月の明るかった夜に、人が見ているのではと気にしていたことを思い出して、ふとこの歌を返した。
 返事を差し上げたあとも、和泉式部はひとり月を眺め続け、そのままはかなく夜が明けた。次の夜、帥の宮は訪れたが、和泉式部はそれを知らずにいた。

 初句と第二句の「一夜見し月そと思へと」は、あの一夜に見た月だと思うけれども、という意味で、帥の宮の邸で二人が見た月を指す。「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「ぞ」は強意の係助詞、「ど」は逆接の接続助詞である。第三句の「詠れは」は、眺めていると、の意である。
 下の句の「心もゆかすめはそらにして」は、心も晴れず、目はうわの空で、という意味で、「心ゆく」は気が晴れる、満足する、の意、「空」には月の浮かぶ「空」と、心がここにない「うわの空」が掛けられている。帥の宮の「月」「なけく心」を受け、思い出の月を見ても心は晴れないと、逢えないもどかしさを率直に返した歌である。

心ゆく(こころゆく):気が晴れる、満足する
作者
和泉式部
出典
和泉式部日記
前の歌
我ことくおもひはいつや山のはの 月にかけつゝなけく心を
次の歌
松山に波高しとは見てしかと 今日の詠めはたゝならぬかな