松山に波高しとは見てしかと
今日の詠めはたゝならぬかな
- 歌の意味
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末の松山に高い波が越えていくのは、前から見て知っていたけれど、今日の長雨の物思いは、ただごとではないことだ。
- 鑑賞
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月の夜の贈答の翌晩、帥の宮は和泉式部のもとを訪れた。しかし和泉式部はそれを知らずにいた。その家はあちこちに人が住んでいる所だったので、帥の宮は、別の住人のもとへ来ていた人の車を見て、「客が来ているようだ。車がある」と供の者が言うと、「よし、帰ろう」と言って帰ってしまった。帥の宮は、人の噂は本当だったのだと思うと不快だったが、それでも関係を絶ってしまおうとは思わなかったので、文をよこした。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
帥の宮は「昨夜参上したとだけはお聞きになったか。それさえもご存じなかったのかと思うと、ひどく情けない」と書いて、この歌を送った。ちょうど雨が降っている頃であった。
和泉式部は、おかしなことだ、誰かが根も葉もないことを申し上げたのだろうかと思い、「君をこそ末の松とは思ひつれひとしなみには誰かこゆへき」と返した。
本歌は『古今和歌集』東歌の「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」で、あなたをさしおいて浮気心を私が持ったなら、決して波が越えることのない末の松山を波も越えてしまうだろう、という誓いの歌である。
初句から第三句の「松山に波高しとは見てしかと」は、末の松山に高い波が越えるとは前から見ていたけれど、という意味で、本歌を踏まえ、和泉式部に他の男がいるらしいことを、松山を波が越えるという心変わりのたとえで言い表している。「てしか」の「し」は過去の助動詞「き」の已然形「しか」で、「ど」は逆接である。
下の句の「今日の詠めはたゝならぬかな」は、今日の長雨の物思いはただごとではない、という意味で、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の掛詞である。噂には聞いていたが、門前の車を目にした今日の思いは格別だと、降る雨に重ねて嫉妬と嘆きを伝えている。
末の松山(すえのまつやま):陸奥国の歌枕。波が越えることはないとされ、心変わりしない誓いのたとえとされた
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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一夜見し月そと思へと詠れは 心もゆかすめはそらにして
- 次の歌
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君をこそ末の松とは思ひつれ ひとしなみには誰かこゆへき