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君をこそ末の松とは思ひつれ
ひとしなみには誰かこゆへき

歌の意味
あなたこそ、心変わりする末の松山だと思っていた。私の松山を、あなたと同じように、誰が波のように越えたりするだろうか。
鑑賞
 月の夜の贈答の翌晩、帥の宮は和泉式部のもとを訪れた。しかし和泉式部はそれを知らずにいた。その家はあちこちに人が住んでいる所だったので、帥の宮は、別の住人のもとへ来ていた人の車を見て、「客が来ているようだ。車がある」と供の者が言うと、「よし、帰ろう」と言って帰ってしまった。帥の宮は、人の噂は本当だったのだと思うと不快だったが、それでも関係を絶ってしまおうとは思わなかったので、文をよこした。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
 帥の宮から、昨夜参上したことも知らなかったのかという言葉とともに「松山に波高しとは見てしかと今日の詠めはたゝならぬかな」が届いた。雨の降る頃で、和泉式部は、おかしなことだ、誰かが根も葉もないことを申し上げたのだろうかと思って、この歌を返した。
 帥の宮は、先夜のことを何となく不快に思い、しばらく便りをよこさなかった。久しくたってから、ようやく「つらしとも又戀しとも樣々に思ふ事こそたえせさりけり」を送ってくることになる。

 初句から第三句の「君をこそ末の松とは思ひつれ」は、あなたこそ末の松山、すなわち心変わりするかもしれない人だと思っていた、という意味で、帥の宮の歌の「松山」を受け、心変わりを疑うべきはむしろあなたの方だと切り返している。「こそ〜つれ」は係り結びで、「つれ」は完了の助動詞「つ」の已然形である。
 下の句の「ひとしなみには誰かこゆへき」は、あなたと同じように誰が越えたりするだろうか、という意味で、「ひとしなみ」には「等し並み」と「波」が掛けられ、帥の宮の歌の「波」を受けている。「か〜べき」は反語である。帥の宮以外に自分の心を越えてくる男などいないと、本歌の誓いの言葉を逆手にとって潔白を訴えた返歌である。

等し並み(ひとしなみ):同じ程度であること
作者
和泉式部
出典
和泉式部日記
前の歌
松山に波高しとは見てしかと 今日の詠めはたゝならぬかな
次の歌
つらしとも又戀しとも樣々に 思ふ事こそたえせさりけり