よしやよし今はうらみし磯に出て
こき離れ行海人の小舟を
- 歌の意味
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ままよ、もう今は恨むまい。磯から漕ぎ出して、遠く離れていく海人の小舟のようなあなたを。
- 鑑賞
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月の夜の訪れののち、帥の宮は、和泉式部は言うかいのない人ではない、所在ない日々の慰めにはと思っていた。ところが、ある人々が「この頃は源少将などが通っているそうだ。昼にもいらっしゃるようだ」と言い、また別の人が「兵部卿も通っておいでだそうだ」などと口々に申し上げたので、帥の宮はひどく浮ついた女だと思い、長く文もよこさなかった。小舎人童が和泉式部のもとへ来て、樋洗童といつものように話し込み、樋洗童が「お文はあるの」と尋ねると、童は「そんなものはない。先日いらしたけれど、門に車があったのを御覧になって、お便りもないのだろう。男が通っているとお聞きになったようだ」と言って帰っていった。和泉式部はそれを聞いてたいそうつらく、ことさら頼りにしているわけではないが、時々思い出してくださる間は文を交わしていようと思っていたのに、よりによって心外なことでそう思われてしまったと嘆いた。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。源少将は源氏の近衛少将、兵部卿は兵部省の長官を指す呼称である。
和泉式部が嘆いているところへ帥の宮から文が届き、「この頃は不思議と気分がすぐれず悩ましくて。いつだったか参上したが、折が悪くて帰るばかりなので、ひどく人並みでない気がして」と書いて、この歌が添えられていた。
和泉式部は、ひどい噂をお聞きになったのだと思うと恥ずかしく、お返事するのも平気な顔をしているようだが、今度だけはと思って「袖の浦にたゝわかやくとしほたれて船流したる蜑と社なれ」と返した。
初句と第二句の「よしやよし今はうらみし」は、ままよ、もう今は恨むまい、という意味で、「よしやよし」はあきらめの気持ちを表す語を重ねたもの、「じ」は打消意志の助動詞である。
第三句から結句の「磯に出てこき離れ行海人の小舟を」は、磯から出て漕ぎ離れていく海人の小舟を、という意味で、自分から離れていく和泉式部を小舟にたとえ、倒置によって恨むまいとする対象を結句に置いている。「うらみ」には「恨み」と、海辺の「浦見」が響き、磯、漕ぐ、海人、小舟と海の縁語で一首をまとめている。噂を聞いての皮肉とあきらめをにじませながら、なお縁を絶たずに文をよこした帥の宮の揺れる心が表れている。
海人(あま):漁をする人、海で働く人
漕ぎ離る(こぎはなる):舟を漕いで遠ざかる
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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我ゆへに月を詠むとつけつれは まことかと見に出てきにけり
- 次の歌
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袖の浦にたゝわかやくとしほたれて 船流したる蜑と社なれ