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露むすふ道のまに〳〵朝ほらけ
ぬれてそきつる手枕のそて

歌の意味
露の置く道を行くにつれて、ほのぼのと明けゆく朝、すっかり濡れて帰ってきたことだ、この手枕の袖は。
鑑賞
 手枕の袖の贈答ののち、帥の宮は和泉式部をいとおしく思い、しばらくは頻繁に通ってその暮らしぶりを見るようになった。世慣れた人というわけでもなく、ただひどく頼りなげに見えるのを気の毒に思い、しみじみと語った。「こうして所在なく物思いに沈んでおられるのを思わない日はないが、いっそ私の邸へいらっしゃい。世間の人もよくないことばかり言っているようだ。時々通ってくるせいか、見とがめられたことはないが、それでも人がひどく聞きにくいことを言うし、たびたび帰るときの気持ちのやりきれなさも、人並みでないように思われて、どうしたものかと思う折々もある。古風な心のせいか、お話ししたことがひどくしみじみと思われるのだ。とはいえ、いつまでもこうして通ってくることはできないし、本当に人が聞きつけて止めるようなことがあれば、空を行く月のように遠いものになってしまうだろう。もしおっしゃるように所在ないのなら、あちらへいらっしゃらないか。人はいるが、不都合なことはない。もともとこうした筋には頼りない身なので、人気のない所にじっとしていることもなく、勤行などをするのも一人きりなので、同じ心で語り合えたら、慰められることもあろうかと思うのだ」。和泉式部は、今さらそのような不似合いな身の上はどうしたものかと思ったが、山の向こうへ導いてくれる人もないまま、このように過ごしていては明けない夜のような心地がするばかりで、言い寄る人も多く、世間は妙なことばかり噂しているようだし、ほかに頼れるあてもない。それならば試してみよう、北の方はおられるが別のお住まいで、乳母が万事を取り仕切っているそうだ、目立つことをすればともかく、しかるべき隠れた所にいるのなら何の差し支えがあろう、この濡れ衣もいつかは乾くだろうと思い、「あなた以外の方とは思わずに過ごしております。気の紛らわしには、こうして時たまお越しを待つほかございませんので、お言葉のとおりに」と答えた。帥の宮は、隠れた所を用意して知らせようと頼もしく言って、夜深く帰っていった。和泉式部は格子を上げたまま一人横になり、人に笑われることにならないだろうかと思い乱れていた。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。帥の宮の北の方は藤原済時の娘である。
 和泉式部を邸に迎えることを約束して夜深く帰ったのち、帥の宮はこの歌を送った。
 和泉式部は、たわいないことではあるが、帥の宮が手枕の袖のことを忘れずに詠んでくださったのを趣深く思い、「道芝の露とおきぬる人よりも我手枕のそてはかはかす」と返した。

 初句と第二句の「露むすふ道のまに〳〵」は、露の置く道を行くにつれて、という意味で、「露結ぶ」は露が置くこと、「まにまに」は〜にまかせて、〜につれて、の意である。第三句の「朝ほらけ」は、ほのぼのと夜が明ける頃をいう。
 下の句の「ぬれてそきつる手枕のそて」は、濡れて帰ってきた手枕の袖だ、という意味で、「ぞ〜つる」は係り結びである。帰り道の露に濡れた袖を、先日の「手枕の袖」の贈答に結びつけ、別れのつらさの涙も重ねている。忘れないと約束した言葉をこうして再び歌に詠み込み、和泉式部への変わらぬ思いを示した後朝の歌である。

朝ぼらけ(あさぼらけ):夜がほのぼのと明ける頃
まにまに:〜につれて、〜のままに
格子(こうし):細い角材を縦横に組んだ戸
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
夢計なみたにぬると見つらめと ほしそかねつる手枕のそて
次の歌
道芝の露とおきぬる人よりも 我手枕のそてはかはかす