朝日さし今はきゆへき霜なれと
打とけかたき空のけしきそ
- 歌の意味
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朝日が射して、今はもう消えるはずの霜ではあるが、私の心は、なかなか打ち解けがたい空模様だ。
- 鑑賞
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手枕の袖を詠み交わした夜も、月はたいそう明るく澄んで見え、和泉式部も帥の宮も、それぞれの場所で月を眺めて夜を明かした。翌朝、帥の宮は文を遣わそうと、いつもの小舎人童は参ったかと尋ねさせていた。そのあいだに、和泉式部の方も、霜のたいそう白いのに心を動かされたのだろうか、先に歌を届けた。帥の宮は、先を越されて悔しいと思った。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。小舎人童は、帥の宮の文を和泉式部のもとへ運ぶ少年である。
和泉式部から「霜の上に朝日さすめり今は早打とけにけるけしき見せなん」に「童がひどくしょげているようです」と添えて届いた。帥の宮は、「今朝は得意顔でいたのも憎らしい。この童を殺してしまいたいほどだ」と書いて、この歌を返した。
和泉式部は「では本当にお殺しになるおつもりなのですね」と書いて、「君はこす偶々みゆる童をはいけとも今はいはしとおもふか」を返した。
初句から第三句の「朝日さし今はきゆへき霜なれと」は、朝日が射して今にも消えるはずの霜だが、という意味で、和泉式部の歌の「霜の上に朝日さす」を受けている。「べき」は当然の助動詞、「ど」は逆接である。
下の句の「打とけかたき空のけしきそ」は、打ち解けがたい空の様子だ、という意味で、和泉式部の「打とけにけるけしき」を受け、「空のけしき」に自分の機嫌をたとえている。「ぞ」は強意の終助詞的な用法である。霜は解けても自分の機嫌はそう簡単には解けないと、すねてみせる歌で、先を越された悔しさを冗談めかして長引かせ、二人の戯れを楽しんでいる。
消ゆ(きゆ):消える
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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霜の上に朝日さすめり今は早 打とけにけるけしき見せなん
- 次の歌
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君はこす偶々みゆる童をは いけとも今はいはしとおもふか