かれはてゝ我よりほかにとふ人も
嵐の風をいかゝきくらん
- 歌の意味
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荻もすっかり枯れはて、人も離れ去って、私のほかに訪れる人もいないだろう。その家で、この嵐の風の音をどのように聞いていることだろうか。
- 鑑賞
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疑いをめぐる贈答ののち、帥の宮は絶えず文をくれたが、訪れることはめったになかった。雨や風がひどく降り吹いた日にかぎって、帥の宮からの便りがなかったので、和泉式部は、人の少ない家に吹く風の音など思いやってもくださらないのだろうと思った。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
風雨の激しい日、帥の宮は「たいそう恐ろしい風だが、どうしているかと思うと心配で」と書いて、この歌を送った。この文は、和泉式部が送った「霜かれはわひしかりけり秋風のふくには荻の音つれもしき」と行き違いになった。
和泉式部は、帥の宮がちゃんと思いやってくださっていたのを知って、うれしくおかしく思った。その後、所を変えた物忌みのため帥の宮が人目につかない所に滞在していたとき、いつもの車が迎えに来たので、和泉式部は、今はもうどのようにでもおっしゃるとおりにと思って参上した。
初句の「かれはてゝ」は、すっかり枯れはてて、という意味で、霜枯れの荻と、人が「離れ」て訪れなくなることが掛けられている。第二句と第三句の「我よりほかにとふ人も」は、私のほかに訪れる人も、という意味である。
下の句の「嵐の風をいかゝきくらん」は、嵐の風をどのように聞いているだろうか、という意味で、「あらし」には「嵐」と、訪れる人もあるまいの意の「あらじ」が掛けられている。「らむ」は現在推量の助動詞である。風雨の日に便りがないと嘆いた和泉式部の歌と行き違いながらも、ちょうど同じ時に同じ風の音を聞いて相手を思いやっていたことが分かる歌で、二人の心が通い合っていたことを示している。
離る(かる):離れる、遠ざかる
嵐(あらし):激しく吹く風
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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霜かれはわひしかりけり秋風の ふくには荻の音つれもしき
- 次の歌
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つれ〳〵とけふかそふれは年月に 昨日そ物は思はさりける