なくさむる君もありとはおもへとも
猶夕くれは物そ悲しき
- 歌の意味
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心を慰めてくださるあなたがいるとは思うけれども、やはり夕暮れは、何となく物悲しいことだ。
- 鑑賞
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物忌みの宿から戻ったのち、和泉式部は帥の宮の邸へ参る決心がつかず、ただ物思いにふけって日々を過ごしていた。色とりどりに見えた木々の葉も残りなく散り、空は明るく晴れわたっているのに、しだいに沈んでいく夕日の光が心細く見えたので、和泉式部はいつものように帥の宮に歌を送った。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
木の葉の散りつくした冬の夕暮れ、沈んでいく日の光の心細さに誘われて、和泉式部はこの歌を詠んだ。
帥の宮からは「夕暮は誰もさのみそおもほゆるまちわふ君そ人にまされる」が返ってきた。
初句と第二句の「なくさむる君もありとは」は、心を慰めてくれるあなたもいるとは、という意味で、帥の宮の存在を支えとして認めている。第三句の「おもへとも」は、思うけれども、の意で、「ども」は逆接の接続助詞である。
下の句の「猶夕くれは物そ悲しき」は、やはり夕暮れは何となく物悲しい、という意味で、「なほ」はそれでもやはり、「もの」は漠然とした感じを表す接頭語的な語、「ぞ〜悲しき」は係り結びである。頼る人がいてもなお消えない夕暮れの寂しさを、飾らない言葉で率直に詠んでおり、ひとり家で帥の宮を待つ身の心細さがにじむ一首である。
慰む(なぐさむ):心を晴らす、気を紛らす
- 作者
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和泉式部
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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思ふ事なくて過しゝおとゝひを 昨日とけふになすよしも哉
- 次の歌
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夕暮は誰もさのみそおもほゆる まちわふ君そ人にまされる