我宿に尋ねてきませふみつくる
道も敎へんあひもみるへく
- 歌の意味
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私の家に訪ねていらっしゃい。詩文を作る道も教えてあげよう。お互いに逢うこともできるように。
- 鑑賞
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初雪の贈答ののち、和泉式部と帥の宮は、たわいないやりとりをしながら日々を過ごしていた。帥の宮から文が届き、「このところ疎遠になってしまったので、参ろうと思っていたのだが、人々が詩文を作るようなので」と書かれていた。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
和泉式部から「暇なみきまさすは我ゆかんふみつくるらん道をしらはや」が届き、帥の宮は趣深く思って、この歌を返した。
その後、いつもより霜がたいそう白く置いた朝、帥の宮から「どう御覧になるか」と文が届き、和泉式部は霜の歌で答えることになる。
初句と第二句の「我宿に尋ねてきませ」は、私の家に訪ねていらっしゃい、という意味で、「来ませ」は尊敬の命令形である。和泉式部の歌の「我ゆかん」を受け、それならぜひ来てほしいと応じている。
第三句から結句の「ふみつくる道も敎へんあひもみるへく」は、詩文を作る道も教えよう、逢うこともできるように、という意味で、「ふみ」は和泉式部の歌の掛詞をそのまま受け、「む」は意志、「べく」は可能の助動詞である。和泉式部の冗談を真正面から受けとめ、自分の邸へ来れば詩文の道も教え、いつでも逢えると答えて、かねてからの邸への誘いをあらためて伝えている。
来ませ(きませ):おいでなさい。「来」の尊敬語「来ます」の命令形
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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暇なみきまさすは我ゆかん ふみつくるらん道をしらはや
- 次の歌
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さゆるよの數かく鴫は我なれや いく朝霜を置てみつらん