すきものと名にしたてれば見る人の
折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ
- 歌の意味
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酸っぱい梅の実ならぬ色好みと評判が立っているのだから、あなたを見た人で、枝を折らずに、つまり口説かずに通り過ぎる者はいないだろうと思う。
- 鑑賞
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『源氏物語』が中宮彰子の御前に置かれていたのを道長が見つけ、いつものように冗談を言い合った折のこと。道長は、梅の実の下に敷かれていた紙に歌を書きつけて紫式部に与えた。
道長は中宮彰子の父で、紫式部の主家の主である。紫式部が『源氏物語』の作者であることは宮中で知られており、道長はその物語の恋愛描写にかこつけて紫式部をからかった。
梅の実が添えられていた紙に、梅の「酸き物」と恋の「好き者」を掛けて、恋物語を書いた紫式部をからかったのがこの歌である。
紫式部は「人にまだ折られぬものをたれかこのすきものぞとは口ならしけむ」と返し、「めざましう(心外なことです)」と書き添えて反論した。この贈答のすぐ後には、渡殿で寝ていた夜に戸を叩かれる場面が続く。
初句と第二句の「すきものと名にしたてれば」は、すきものと評判が立っているので、という意味で、「すきもの」に梅の実の「酸き物」と、恋愛の情趣を好む「好き者」が掛けられている。「し」は強意の副助詞、「たてれば」は已然形に「ば」が付いた確定条件である。
下の句の「折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ」は、枝を折らずに通り過ぎる人はいないだろうと思う、という意味で、梅の枝を折ることを、女性を自分のものにすることにたとえている。「で」は打消の接続助詞、「じ」は打消推量の助動詞、「ぞ〜思ふ」は係り結びである。梅の実という目の前の素材を巧みに用い、恋の物語を書く紫式部を戯れにからかった歌である。
すきもの:「酸き物」(酸っぱい物)と「好き者」(色好み)の掛詞
折る(おる):枝を折る。ここでは女性を口説いて自分のものにすることのたとえ
- 作者
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藤原道長
- 出典
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紫式部日記
- 前の歌
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年暮れてわが世更け行く風の音に 心の中のすさまじきかな
- 次の歌
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人にまだ折られぬものをたれかこの すきものぞとは口ならしけむ