若菜生ふる春の野守に我なりて
憂き世を人につみ知らせばや
- 歌の意味
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若菜の生える春の野の番人に私がなって、若菜を摘ませながら、この世がつらく罪深いものであることを人々に知らせたいものだ。
- 鑑賞
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春歌 23
詞書「寄若菜述懐と云ふ事を」
若菜に寄せて思いを述べるという題の歌である。若菜の生える春の野を守る野守になり、若菜を摘みに来る人々に、この世がつらく罪深いものであることを教えたい、と詠んでいる。
「つみ」に若菜を「摘み」と「罪」とを掛け、のどかな若菜摘みの景に、出家者としての無常の思いを重ねている。春の楽しみの中にも憂き世を見つめる、西行らしい述懐の歌である。
初句「若菜生ふる」は、若菜が生える、の意で、字余りとなっている。
二句「春の野守に」は、春の野の番人に、の意である。野守は野を見張り、人の出入りを管理する者をいう。
三句「我なりて」は、私が野守になって、の意である。
四句「憂き世を人に」は、つらいこの世のことを人々に、の意である。
結句「つみ知らせばや」の「つみ」は、若菜を「摘み」と「罪」とを掛けた掛詞である。「ばや」は自己の願望を表し、摘ませながら罪深さを知らせたい、と結んでいる。
のもり:野の番人
つみ:若菜を摘む意と、罪の意を掛ける
うきよ:つらいことの多い世の中
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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卯杖つき七草にこそ老いにけれ 年を重ねて摘める若菜に
- 次の歌
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憂き身にて聞くも惜しきは鶯の 霞にむせぶ曙の山