あくがるる心はさても山桜
散りなんのちや身に帰るべき
- 歌の意味
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身からさまよい出てしまった心は、それにしても、山桜が散ってしまった後には、身に帰ってくるのだろうか。
- 鑑賞
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春歌 67
詞書は前の歌に続き「花の歌あまたよみけるに」
花に誘われて身から抜け出し、さまよっている心は、山桜が散ってしまった後には、また身に戻ってくるのだろうか、と自らの心の行方を案じている。
前歌の、花を見た日から心が身に添わなくなったという思いを受け、その心がいつ戻るのかを問うている。心と身とが離れるという同じ主題を、始まりと行く末という二つの面から詠んだ一対の歌となっている。この歌は『新後撰和歌集』に入集している。
初句「あくがるる」は、心が身から離れてさまよい出る、の意である。
二句「心はさても」の「さても」は、それにしても、そうであっても、の意である。
三句「山桜」は、心を誘い出した山桜を示し、四句へと続く。
四句「散りなんのちや」は、散ってしまった後には、の意で、「や」は疑問の係助詞として結句の「べき」と係り結びをなす。
結句「身に帰るべき」は、身に帰ってくるのだろうか、の意で、前歌の「心は身にも添はず」と呼応して結んでいる。
あくがる:心が身から離れてさまよう
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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吉野山梢の花を見し日より 心は身にも添はずなりにき
- 次の歌
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花見ればそのいはれとはなけれども 心のうちぞ苦しかりける