思ひやる高嶺の雲の花ならば
散らぬ七日は晴れじとぞ思ふ
- 歌の意味
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遠く思いを馳せる高い峰の雲が花であるならば、花が散らずにいる七日の間は、その雲は晴れないだろうと思う。
- 鑑賞
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春歌 81
詞書は前の歌に続き「花の歌あまたよみけるに」
遠く高い峰にかかる雲を見て、もしあれが雲ではなく桜の花であるならば、花の散らない七日の間は、晴れることはないだろう、と思いを巡らせる歌である。
桜の盛りは七日間といわれ、その短い盛りを雲の晴れない日数に重ねている。初句「思ひやる」は本巻の第六十三首の初句と同じで、遠く離れた花に心を馳せる歌が、ここでも雲と花の見立てによって詠まれている。
初句「思ひやる」は、遠く離れたものに思いを馳せる、の意で、本巻の第六十三首と同じ初句である。
二句「高嶺の雲の」は、高い峰にかかる雲の、の意である。
三句「花ならば」は、それが花であるならば、の意で、雲を花と見る見立てを仮定の形で示している。
四句「散らぬ七日は」は、花の散らない七日の間は、の意である。桜の盛りが七日間とされたことを踏まえている。
結句「晴れじとぞ思ふ」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「思ふ」と係り結びをなし、晴れないだろうと思う、と結んでいる。
たかね:高い峰
なぬか:七日間
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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山桜霞の衣厚く着て この暮れだにも風包まなん
- 次の歌
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のどかなれ心をさらに尽くしつつ 花ゆゑにこそ春は待ちしか