ならひありて風誘ふとも山桜
尋ぬる我を待ちつけて散れ
- 歌の意味
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世のならいとして風が誘って散らそうとしても、山桜よ、尋ねてゆく私を待ち受けてから散れ。
- 鑑賞
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春歌 84
詞書は前の歌に続き「花の歌あまたよみけるに」
花が風に誘われて散るのは世のならいであるとしても、山桜よ、せめて訪ねてゆく私が着くのを待ってから散ってほしい、と呼びかける歌である。
散ることを避けられない花の定めを受け入れつつも、せめて一目見るまではと願う心が、命令の形で強く表されている。前歌の盛りもなく散ったかと案じる心を受け、散る前に会いたいという願いへと続いている。
初句「ならひありて」は、世のならいとして、の意で、字余りとなっている。
二句「風誘ふとも」は、風が花を誘って散らそうとしても、の意で、逆接の仮定を表す。
三句「山桜」は、山桜への呼びかけである。
四句「尋ぬる我を」は、花を尋ねてゆく私を、の意である。
結句「待ちつけて散れ」は、待ち受けてから散れ、の意の命令形で、花への切なる願いを強く表して結んでいる。
ならひ:世の習わし、きまり
さそふ:誘う。ここでは風が花を散らす
まちつく:待ち受ける、来るのを待ち迎える
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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風越の峰の続きに咲く花は いつ盛りともなくや散りけん
- 次の歌
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裾野焼く煙ぞ春は吉野山 花を隔つる霞なりける