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裾野焼く煙ぞ春は吉野山
花を隔つる霞なりける

歌の意味
春には、裾野を焼く煙こそが、吉野山の花を隔てる霞であったのだ。
鑑賞
春歌 85

詞書は前の歌に続き「花の歌あまたよみけるに」
 吉野山の花を隔てて見えにくくしている霞は、実は春に山の裾野を焼く野焼きの煙であった、と気づく歌である。
 霞を煙と見る趣向は、本巻の第十二首の、塩焼きの煙が春霞に立ち添う歌と通い合う。ここでは、花を眺めたい者にとって、花を隔てる煙が恨めしいものとして描かれている。

 初句「裾野焼く」は、山のふもとの野を焼く、の意で、春先の野焼きをいう。
 二句「煙ぞ春は」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の連体形「ける」と係り結びをなす。
 三句「吉野山」は、大和国の桜の名所である。
 四句「花を隔つる」は、花を隔てて見えなくする、の意である。
 結句「霞なりける」は、霞であったのだ、の意で、二句の「ぞ」を受けて連体形で結び、霞の正体が煙であったことを示している。

すその:山のふもとのゆるやかな野
のやき:春先に野の枯れ草を焼き、新しい草の芽生えを促すこと
作者
西行
出典
山家集
前の歌
ならひありて風誘ふとも山桜 尋ぬる我を待ちつけて散れ
次の歌
今よりは花見ん人に伝へおかん 世を遁れつつ山に住まへと