わきて見ん老い木は花もあはれなり
今いくたびか春にあふべき
- 歌の意味
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とりわけ心して見よう。老いた木は、花までもしみじみと哀れである。あと何度、春にめぐりあえるだろうか。
- 鑑賞
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春歌 94
詞書「古木の桜の、所々咲きたるを見て」
詞書によれば、老いた桜の木が、ところどころにまばらに花を咲かせているのを見て詠んだ歌である。老木の花はしみじみと哀れ深く、この木はあと何度春を迎えられるだろうか、と思いやっている。
前歌が老いの身で花を見る思いを詠んだのに続き、この歌では老木そのものに目を向けている。老いた木の行く末を案じる心には、同じく老いを迎えた自らの身への思いが重ねられている。
初句「わきて見ん」は、とりわけ心して見よう、の意で、初句切れとなる。
二句「老い木は花も」は、老いた木は花までも、の意である。
三句「あはれなり」は、しみじみと心を打たれる、の意で、三句切れとなる。
四句「今いくたびか」の「か」は疑問の係助詞で、結句の連体形「べき」と係り結びをなす。あと何度、の意である。
結句「春にあふべき」は、春にめぐりあえるだろうか、の意で、老木の残りの命を思いやって結んでいる。
おいき:年を経た木、老木
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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思ひ出に何をかせましこの春の 花待ちつけぬ我が身なりせば
- 次の歌
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木の下は見る人しげし桜花 よそに眺めて香をば惜しまん