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花と聞くは誰もさこそはうれしけれ
思ひしづめぬ我が心かな

歌の意味
花が咲いたと聞くのは、誰でもそのようにうれしいものだが、それにしても、思いを静めることのできない私の心であることよ。
鑑賞
春歌 147

詞書は前の歌に続き「花歌十五首よみけるに」
 花が咲いたと聞いてうれしいのは誰でも同じだろう、それにしても、自分の心はどうにも静まらず、浮き立ってしまう、と詠む歌である。
 誰もが抱く喜びを認めつつ、それとは比べものにならないほど高ぶる自らの心を見つめている。花への思いの強さを、他人との比較によって浮かび上がらせている。

 初句「花と聞くは」は、花が咲いたと聞くのは、の意で、字余りとなっている。
 二句「誰もさこそは」の「こそ」は強意の係助詞で、三句の已然形「けれ」と係り結びをなす。
 三句「うれしけれ」は、うれしいものだが、の意で、已然形で逆接的に下へ続く。
 四句「思ひしづめぬ」は、思いを静めることのできない、の意である。
 結句「我が心かな」は、詠嘆の「かな」で、静まらない自らの心に感じ入って結んでいる。

おもひしづむ:高ぶる心を落ち着かせる
作者
西行
出典
山家集
前の歌
おぼつかな谷は桜のいかならん 峰にはいまだかけぬ白雲
次の歌
初花の開けはじむる梢より そばへて風の渡るなりけり