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誰ならん荒田の畔に菫摘む
人は心のわりなかるべし

歌の意味
誰だろうか、荒れた田の畔で菫を摘んでいる人は。その人は、菫を思う心がどうしようもなく深いにちがいない。
鑑賞
春歌 160

詞書は前の歌に続き「菫」
 菫の歌の二首目である。荒れた田の畔で菫を摘んでいる人を見て、誰だろうか、わざわざこのような所で菫を摘むとは、よほど菫を思う心が深い人にちがいない、と詠む。
 前歌で荒れた庭の菫を誰が摘むのかと思いやったのを受け、ここでは実際に菫を摘む人の姿を描いている。前歌の「誰分け入りて」と、この歌の初句「誰ならん」とが響き合い、二首で菫を摘む人への関心が詠み継がれている。

 初句「誰ならん」は、誰だろうか、の意で、初句切れとなる。前歌の四句「誰分け入りて」と響き合っている。
 二句「荒田の畔に」は、荒れた田のあぜで、の意である。
 三句「菫摘む」は、菫を摘んでいる、の意で、四句の「人」にかかる。
 四句「人は心の」は、その人は心が、の意である。
 結句「わりなかるべし」は、どうしようもないほど深いにちがいない、の意で、推量の「べし」で結んでいる。

あらた:荒れた田
くろ:田のあぜ
作者
西行
出典
山家集
前の歌
跡絶えて浅茅茂れる庭の面に 誰分け入りて菫摘みてん
次の歌
なほざりに焼き捨てし野の早蕨は 折る人なくてほどろとやなる