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春ゆゑにせめても物を思へとや
三十日にだにも足らで暮れぬる

歌の意味
春のために、せめて物思いでもせよというのだろうか。三月は三十日にさえ足りないまま暮れてしまった。
鑑賞
春歌 171

詞書「三月一日足らで暮れにけるによみける」
 詞書によれば、三月が一日足りず、二十九日で暮れてしまった年に詠んだ歌で、ここから春の部の終わりの三首が続く。春の最後の月が三十日にさえ満たずに終わってしまったのは、去りゆく春のために、せめて物思いでもせよということだろうか、と詠んでいる。
 ただでさえ惜しい春が、一日短く終わってしまったことへの嘆きを、暦の事実をとらえて詠んでいる。春を惜しむ心が、春の部の結びに向けて高まっていく。

 初句「春ゆゑに」は、春のために、の意である。
 二句「せめても物を」は、せめて物思いだけでも、の意である。
 三句「思へとや」は、せよというのだろうか、の意で、「や」は疑問を表し、三句切れとなる。
 四句「三十日にだにも」の「だに」は、~さえ、の意で、月の三十日にさえも、の意を表す。
 結句「足らで暮れぬる」は、足りないまま暮れてしまった、の意で、連体形で結び、春の終わりの早さへの嘆きを余情として残している。

みそか:月の三十日目。月の終わり
作者
西行
出典
山家集
前の歌
過ぐる春潮のみつより船出して 波の花をや先に立つらん
次の歌
今日のみと思へば長き春の日も ほどなく暮るる心地こそすれ