ほととぎす卯月の忌にい籠るを
思ひ知りても来鳴くなるかな
- 歌の意味
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ほととぎすは、卯月の神事の忌みのために籠もっている私たちを、それと察して、わざわざ来て鳴いているようだ。
- 鑑賞
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夏歌 180
詞書「尋ねざるに郭公を聞くと云ふ事を賀茂社にて人々よみける」
詞書から、賀茂社で「尋ねざるに郭公を聞く」という題を人々と詠んだ時の歌であることがわかる。賀茂祭を控えた卯月には、神事の忌みのため人々が社に籠もって外に出られない。その事情をほととぎすの方が察して、こちらから尋ねて行かなくても来て鳴いてくれる、と詠んでいる。
題の「尋ねざるに」を、忌み籠もりのために尋ねて行けないという賀茂社ならではの事情に結びつけたところに工夫がある。
初句「ほととぎす」は、歌の主語として示され、四句の「思ひ知り」と結句の「来鳴く」へ続く。
二句「卯月の忌に」は、陰暦四月の賀茂祭に先立って行う物忌みをいう。
三句「い籠るを」の「い」は動詞に付く接頭語で、「籠る」は忌みのために社にこもることをいう。
四句「思ひ知りても」は、こちらの事情を察してくれて、の意である。
結句「来鳴くなるかな」の「なる」は推定の助動詞「なり」の連体形で、声を聞いて来て鳴いていると判断したことを表し、詠嘆の「かな」で結ぶ。
うづき:陰暦四月
いみ:神事の前に身を慎み、けがれを避けること
いこもる:こもる、引きこもる
きなく:来て鳴く
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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郭公人に語らぬ折にしも 初音聞くこそかひなかりけれ
- 次の歌
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里馴るる黄昏時のほととぎす 聞かず顔にてまた名告らせん