里馴るる黄昏時のほととぎす
聞かず顔にてまた名告らせん
- 歌の意味
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人里に馴れて夕暮れ時に鳴くほととぎすよ、聞かないふりをして、もう一度名のらせてみよう。
- 鑑賞
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夏歌 181
詞書「夕暮の郭公」
詞書「夕暮の郭公」の題で詠まれた歌である。人里に馴れて夕暮れ時に鳴くほととぎすの声を聞きながら、わざと聞こえないふりをして、もう一度鳴かせてみよう、と詠む。ほととぎすの鳴き声は自分の名を名のるものとされ、その声をもっと聞きたい心を、とぼけたふりという形で表している。
「たそかれ」はもと「誰そ彼」で、薄暗くて人の見分けがつかない時刻を指す。誰かと問う時刻に名を名のらせるという、言葉の上の取り合わせにも面白みがある。
なお本文の三句は「ほととさす」とあり、読み仮名の行も同じであるが、「ほととぎす」の誤写と見て、ここでは「ほととぎす」として解する。
初句「里馴るる」は、人里に馴れ親しんでいることをいう。山から出てきたほととぎすが里で鳴くさまである。
二句「黄昏時の」は、夕暮れの薄暗い時分をいう。「たそかれ」は「誰そ彼」で、人の顔の見分けがつかない時刻であることに由来する。
三句「ほととぎす」は、呼びかけの形で示されている。
四句「聞かず顔にて」は、聞いていないような顔つきで、の意である。
結句「また名告らせん」の「名告る」は、ほととぎすが自分の名を呼ぶように鳴くことをいう。「ん」は意志の助動詞で、もう一度鳴かせようという意を表す。二句の「誰そ彼」と名のらせることとが呼応している。
さとなる:人里に馴れ親しむ
たそかれどき:夕暮れの薄暗い時分
なのる:自分の名を告げる、ほととぎすが名を呼ぶように鳴くことにもいう
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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ほととぎす卯月の忌にい籠るを 思ひ知りても来鳴くなるかな
- 次の歌
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我が宿に花橘を植ゑてこそ 山ほととぎす待つべかりけれ