尋ぬれば聞きがたきかと郭公
今宵ばかりは待ちこころみん
- 歌の意味
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こちらから尋ねて行くとかえって聞きにくいものなのかと思い、ほととぎすを、今夜だけは家にいて待ってみよう。
- 鑑賞
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夏歌 183
詞書は前の歌に続き「郭公」
前歌と同じく「郭公」の題の歌である。ほととぎすを聞こうと探し歩いてもなかなか聞けない。尋ねて行くからかえって聞きにくいのだろうかと考え、今夜ばかりはじっと待ってみることにしよう、と詠む。
前歌が花橘を植えて待つべきだったと詠んだのを受け、この歌では尋ねることをやめて待つことを試みようとしており、ほととぎすを待つ方法を思いめぐらす歌が続いている。
初句「尋ぬれば」は、已然形に「ば」が付いた確定条件で、こちらから探し歩くと、の意である。
二句「聞きがたきかと」は、かえって聞きにくいのかと、と推し量る心を表す。
三句「郭公」は、四句以下で待つ対象として示されている。
四句「今宵ばかりは」の「ばかり」は限定を表し、今夜だけは、の意である。
結句「待ちこころみん」は、待つことを試してみようという意で、「ん」は意志を表す。
たづぬ:探し求める、訪ねて行く
こころみる:ためしにやってみる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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我が宿に花橘を植ゑてこそ 山ほととぎす待つべかりけれ
- 次の歌
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郭公待つ心のみ尽くさせて 声をば惜しむ五月なりけり