聞き送る心を具してほととぎす
高間の山の峰越えぬなり
- 歌の意味
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鳴き声を聞きながら見送る私の心を連れて、ほととぎすは高間の山の峰を越えて行ってしまったようだ。
- 鑑賞
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夏歌 190
詞書は前の歌に続き「郭公歌五首よみけるに」
ほととぎすの歌五首の三首目である。鳴きながら遠ざかっていくほととぎすの声を耳で追っているうちに、自分の心までがその鳥に連れられて、高間の山の峰を越えて行ってしまった、と詠む。聞き入るあまり心が鳥とともに飛び去ってしまうという表現に、ほととぎすへの深い思いが込められている。
高間の山は大和と河内の境にある金剛山の古名とされ、歌枕として白雲などとともに詠まれてきた。
初句「聞き送る」は、去っていくものの声を聞きながら見送ることをいう。
二句「心を具して」の「具す」は、連れて行く、伴う、の意で、見送る自分の心まで連れて、という意を表す。
三句「ほととぎす」は、心を連れて去っていく主体として示されている。
四句「高間の山の」は、大和と河内の境にある金剛山の古名とされる歌枕である。
結句「峰越えぬなり」の「ぬ」は完了、「なり」は音を聞いて判断する推定の助動詞で、遠ざかる声から、峰を越えてしまったようだと推し量って結んでいる。
ききおくる:声を聞きながら見送る
ぐす:連れて行く、伴う
たかまのやま:大和と河内の境の金剛山の古名とされる歌枕
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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待つことは初音までかと思ひしに 聞きふるされぬほととぎすかな
- 次の歌
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大井川小倉の山のほととぎす 井堰に声のとまらましかば