- 歌の意味
-
ほととぎすよ、花橘がどれほど香り高く咲いていても、つらい身の上の私が住む、卯の花の垣根を忘れないでおくれ。
- 鑑賞
-
夏歌 196
詞書は前の歌に続き「ほととぎすを」
「ほととぎすを」の題の四首目である。ほととぎすが好むとされる花橘がどれほど香っていても、つらい身の上の自分が住む、卯の花の咲く垣根のことを忘れないで訪れてほしい、とほととぎすに願う歌である。華やかな花橘と、わびしい身を重ねた卯の花とを対比させている。
本巻の第百八十二首で花橘を植えてこそほととぎすを待つべきだったと詠んだのと呼応し、この歌では花橘のない自分の垣根にもほととぎすを呼び寄せたいと願っている。
初句「ほととぎす」は、呼びかけの形で示されている。
二句「花橘は」は、ほととぎすが好んで訪れるとされた花橘を取り立てている。
三句「匂ふとも」の「とも」は逆接の仮定条件で、たとえ香り高く咲いていても、の意である。
四句「身をうの花の」は掛詞で、「身を憂」と「卯の花」とを掛け、つらい身の上の自分と、垣根に咲く卯の花とを重ねている。
結句「垣根忘れな」の「な」は願望を表す終助詞で、卯の花の垣根を忘れないでほしい、とほととぎすに願って結んでいる。
うのはな:「身を憂」のつらい意の「う」と、卯の花の「う」とを掛ける
はなたちばな:橘の花、また花の咲いた橘
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
語らひしその夜の声はほととぎす いかなる世にも忘れんものか
- 次の歌
-
郭公しのぶ卯月も過ぎにしを 猶声惜しむ五月雨の空