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水湛ふ岩間の真菰刈りかねて
空手に過ぐる五月雨の頃

歌の意味
水が満ちあふれた岩の間の真菰を刈ることもできず、手ぶらのまま過ぎていく五月雨の頃であることよ。
鑑賞
夏歌 207

詞書「五月雨」
 詞書「五月雨」の題で詠まれた歌で、ここから五月雨の歌が続く。五月雨で水かさが増し、岩の間に生える真菰が水に沈んで刈ることができず、手ぶらのまま日を過ごしている、と詠む。長雨に仕事を阻まれる人々の暮らしを通して、五月雨の頃の景を描いている。
 本巻の第二百一首で、沼の水かさが落ちなければ菖蒲も葺けないと案じたのと同じく、長雨で水辺の草を刈れないことを詠んでおり、五月雨の水かさが水辺の営みを妨げる趣向が重なっている。

 初句「水湛ふ」は、水がいっぱいに満ちていることをいう。
 二句「岩間の真菰」の「真菰」は水辺に生えるイネ科の草で、刈り取って筵などに用いた。
 三句「刈りかねて」の「かね」は、しようとしてもできない意を表す。
 四句「空手に過ぐる」の「空手」は、手に何も持たないこと、手ぶらをいう。
 結句「五月雨の頃」は体言止めで、長雨の季節の情景を示して結ぶ。この結句は以下の歌にもたびたび用いられ、五月雨の歌群をつなぐ句となっている。

たたふ:水などをいっぱいに満たす
まこも:水辺に生えるイネ科の草、刈って筵などにした
むなで:手に何も持たないこと、手ぶら
作者
西行
出典
山家集
前の歌
みな人の心のうきはあやめ草 西に思ひの引かぬなりけり
次の歌
五月雨に水まさるらし宇治橋や 蜘蛛手にかかる波の白糸