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五月雨に干す隙なくて藻塩草
煙も立てぬ浦の海人

歌の意味
五月雨が降り続いて藻塩草を干す暇もないので、塩を焼く煙も立てられずにいる浦の漁師たちであることよ。
鑑賞
夏歌 215

詞書「ある所に五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて」
 詞書から、ある所で五月雨の歌を十五首詠んだ際に、人に代わって詠んだ歌であることがわかり、ここから十五首が続く。その一首目で、五月雨が降り続いて、塩を焼くための藻塩草を干す暇もなく、浦の漁師たちは塩焼きの煙も立てられずにいる、と詠む。海辺の暮らしに及ぶ長雨の影響を描いている。
 本巻の第二百十三首、第二百十四首が田の早苗や荒れ田を詠んだのに続き、この歌では海辺に目を移し、長雨に営みを止められる海人の姿をとらえている。藻塩を焼く煙は浦の景物として和歌に多く詠まれてきたが、ここではそれが立たないことで五月雨の長さを表している。

 初句「五月雨に」は、五月雨のために、の意である。
 二句「干す隙なくて」は、晴れ間がなく干す暇もないことをいう。
 三句「藻塩草」は、塩を取るために焼く海藻をいい、まず干してから焼いた。
 四句「煙も立てぬ」は、藻塩を焼く煙も立てられないことをいう。
 結句「浦の海人」は体言止めで、仕事のできない浦の漁師の姿を示して結ぶ。

もしほぐさ:塩を取るために焼く海藻
あまびと:海で漁をしたり塩を焼いたりする人
作者
西行
出典
山家集
前の歌
五月雨の頃にしなれば荒小田に 人もまかせぬ水湛ひけり
次の歌
水無瀬川遠の通ひ路水満ちて 舟渡りする五月雨の頃