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水無瀬川遠の通ひ路水満ちて
舟渡りする五月雨の頃

歌の意味
水無瀬川の向こう岸へ通う道にも水が満ちて、舟で渡ることになる五月雨の頃であることよ。
鑑賞
夏歌 216

詞書は前の歌に続き「ある所に五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて」
 十五首の二首目である。ふだんは水が少なく歩いて渡れる水無瀬川も、五月雨で向こう岸への通い路まで水が満ち、舟で渡らなければならなくなった、と詠む。
 水無瀬川は、その名のとおり水の無い川、地下を流れる川として、表には見えない思いのたとえに詠まれてきた歌枕である。その水無瀬川が舟渡りをするほど水をたたえるという意外さに、五月雨の激しさを託している。

 初句「水無瀬川」は、摂津国の歌枕で、名に「水無」を含むことから、水の少ない川として詠まれてきた。
 二句「遠の通ひ路」の「遠」は向こう側、遠方をいい、向こう岸へ行き来する道を指す。
 三句「水満ちて」は、ふだん水の少ない川が五月雨で満ちることをいい、初句の「水無」との対比が際立つ。
 四句「舟渡りする」は、歩いて渡れず舟で渡ることをいう。
 結句「五月雨の頃」は体言止めで、五月雨の歌群に共通する結句で結んでいる。

みなせがは:摂津国の歌枕、水の少ない川として詠まれる
をち:向こう側、遠方
ふなわたり:舟で川を渡ること
作者
西行
出典
山家集
前の歌
五月雨に干す隙なくて藻塩草 煙も立てぬ浦の海人
次の歌
広瀬川渡りの沖の澪標 水嵩ぞ深き五月雨の頃