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水分くる難波堀江のなかりせば
いかにかせまし五月雨の頃

歌の意味
水を分けて流す難波の堀江がなかったならば、この五月雨の頃はいったいどうしたらよいだろうか。
鑑賞
夏歌 219

詞書は前の歌に続き「ある所に五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて」
 十五首の五首目である。難波の堀江は水を分けて流すために掘られた水路であり、もしそれがなかったならば、五月雨であふれた水をどうすることもできなかっただろう、と詠む。古くからの水路のありがたさに、五月雨の水の多さを表している。
 前歌までが川の増水に難儀する人々を詠んだのに対し、この歌は水をさばく堀江のありがたさに目を向けている。

 初句「水分くる」は、水を分けて流すことをいい、二句の「堀江」にかかる。
 二句「難波堀江の」は、摂津国の難波に掘られた水路で、歌枕である。
 三句「なかりせば」の「せば」は過去の助動詞「き」の未然形に「ば」が付いた仮定で、四句の「まし」と呼応して反実仮想を作る。
 四句「いかにかせまし」の「か」は疑問の係助詞で、「まし」はためらいを含む推量を表し、どうしたらよいだろうか、の意となる。
 結句「五月雨の頃」は体言止めで、五月雨の歌群に共通する結句で結ぶ。

ほりえ:地面を掘って造った水路
作者
西行
出典
山家集
前の歌
早瀬川綱手の岸を沖に見て 上りわづらふ五月雨の頃
次の歌
船据ゑし港の芦間棹立てて 心ゆくらん五月雨の頃